1歳から2歳児は猿と人間の間だって意識を保たないといけない

monkey

目次

いつになったら人間らしくなってくれるんだろう…

息子の米太郎は今2歳になろうとしていますが

 

だんだん言語が発達してきて人間らしくなってきました

 

当然2本足で立って歩くし、スプーンを使って食事します

 

こうなってくると感覚は次第に対人間としての感覚が芽生えてきて、より普通だと考える事を強制しがちになってきます

 

よし!トイレトレーニングだ!

今日からトイレはここでするんだよー。

なんで出来ないんだ?!おしっこトイレにしようよ。

(おむつにしたら)気持ち悪いでしょ。

 

とか

 

裸足で玄関に出ないの!足の裏汚れんじゃん

 

とか

 

おいおい・・・手で掴んで食べんなよ〜…

 

なんて事を思ってしまったりしがちです

 

まるで動物のような行動内容にホトホトしてしまったりします

 

2歳児の行動に嫌気がさすのはなんで?

dad-and-child

なんでこんなにも子供の行動に嫌気が指してしまったりするのでしょうか?

 

考えてみたのですがうちの場合はいくつか原因がありそうでした

 

期待値の高さ

まず子供に期待することによる『期待値の高さ』が原因だと思いました

 

  • 子供の可能性は無限大だ!
  • どんどん吸収してくれている!
  • 産まれて2年しか経っていないのにこんなにも成長するなんて凄い!
  • 今からコツコツ教えていったらきっと秀才になるかもしれない!

 

とか勝手にどんどんどんどん期待感が増大していって、気がついたら自分の考えが先に行き過ぎてしまっているのが良くないんだと思います

 

であるがために思った以上に子供が出来なかったりするとなんだかがっかりしてしまう…という場面もあります

 

なのでこういった期待値を適時下げるハードルを下げる意識を保たなければ妄想の先走りをしてしまうのだな。。と反省しています

 

 

年齢を強く意識する

やはり何と言っても1歳児は1歳児。

 

23ヶ月と言ったら23ヶ月なのであって、この世に産まれてからまだ23ヶ月しか経っていないのだということを常に頭の片隅において置かなければならないという自覚が足りなかったと思います

 

でもしかしながら不思議なことに毎日毎日子供と一緒に生活していると、その認識が日に日に薄れていってしまって、かなり曖昧な、アバウト勘定をしてしまい、そろそろできるでしょ的な根拠のない常識を当てはめようとしてしまうのです

 

大人の生活が長くなれば長くなるほど、このぐらいやればできるようになるでしょといった常識が脳内にこびりついているのだと思います

 

まだまだ23ヶ月しか経っていないのだと強く意識して、自分の脳内の常識を少しずつ解消していかないといけないな…と感じさせられました

 

 

見るものやること全てが初めてだという事を念頭に置く

僕もすっかり大人になってしまっているのか、大抵の事はすでに経験済みのような気がしてしまっていて、よっぽど目新しいことでもない限りは日常で大きな感動はありません

 

やり慣れたことをルーティーンのようにこなしていく事が多く、無意識にでもできるようなこともたくさんあります

 

例えば「箸を使う」「歯を磨く」なんてこともそうですね

 

でも子供はそうではありません

もちろん当たり前なんですがね…

 

どんどんやれることが増えてくると、ならこれもやれるんじゃないか?とかこれもできるでしょ。みたいな勝手な押し付けがでてきます

 

だから、「え?あれも出来たからこれもできるはずだよ」という大人にとっては同じような動作のシチュエーションも出来ないでいると、何だかもどかしく感じてしまうんだと思います

 

大人は今までの経験から、やらなくてもアタマで想像できちゃうんですね

 

でも子供の脳にはまだそういった経験は蓄積されていない

 

見るものやること全てが初めて、もしくはまだしっかりとインプットされていない状態

 

そのため、繰り返し繰り返しやる必要があるし、根気強く何回も何回も何回も教えていく必要があるんですね

 

だから僕の方も初めてのように感じる努力・意識の改革をしなければなりません

 

 

年齢から12ヶ月差し引いて考える

年齢の話が出てきていましたが、こんなにも毎日毎日教えているのになんで出来ないんだろう?!と思ってしまう理由の一つに、年齢がありました

 

約2年という歳月が流れているので、大人からすれば2年間という期間は何かの習得には比較的充分な期間です

 

ですが、ここで一つ覚えておくべきことは

 

人間は他の動物よりも約1年早く産まれてくるのだということです

 

これは人間の身体の兼ね合いで、あまりにも大きすぎたり、お腹の中で育ちすぎると母体ともに危険であるからで、ヒトの場合は未熟に産まれてくるようになっているようです

 

つまり、本当の赤ちゃんとしての機能は12ヶ月引いた年齢から始まるという風に考える必要があるのです

 

ですから僕の家の場合は23引く12で11ヶ月という風に考えることが出来ます

 

なのでまだ11ヶ月であれば出来なくても仕方ないか…と自分に言い聞かせることが出来ます

 

そうすると少し気が楽になって、むしろ11ヶ月なのによくやったと思えるようになるので、自分の早る気持ちを抑えられ、子供に嫌気が刺しづらくなります

 

 

人間と猿の間だって意識を保つ

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ちょっと極端かもしれませんがまだ2歳児は猿と人間の間くらいに思っておいたほうが良いのかな…と

 

理解不可能な行動をしても

まぁ、まだ猿だから仕方ないか。

 

と思えば何でも許容できちゃいます

 

ほんとにそれぐらい、子供というのは本能で生きている感が半端ないので猿に思えなくないです

 

逆に言うとその本能をうまく利用して物事を誘導していけば割とたやすくコントロールできちゃうってことでもあるんですがね

 

のちのちは知識・知恵がついてそんなこともできなくなると思えば尚さら可愛く思えます

 

未知の子育てに対してどんなふうに向き合って子供に付き合っていけば良いのか

 

そんな風に毎日自分の気持ちを整理しながら子育てに奮闘しています

 

最後までご覧いただきありがとうございました

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